覚王寺縁起絵手紙(第4回)

  • 2020.06.03 Wednesday
  • 16:46

 絵手紙を通して覚王寺の見どころや施設、歴史などをご紹介する「覚王寺縁起絵手紙」の4回目です。

 

 今回は境内の庭にひっそりとある石碑について。

 覚王寺の開基住職(かいきじゅうしょく)の碑です。

 

 

 (絵手紙:斉藤美雪さん)

 

 覚王寺の歴史は明治25年、内平可敬(うちひらかきょう)が熊本県から来道し、新琴似の地に入ったことから始まります。

 

 九州出身の屯田兵の多かった新琴似にはすでに念仏講(浄土真宗の信者が集まって念仏する集い)があったようです。

 内平可敬は当初、新琴似小学校の移転に伴い校舎を譲り受け、仏を安置して「新琴似説教所」を開設。

 ここを拠点に、浄土真宗の教えの布教に努めたようです。

 どのような法話をしていたかは想像するしかありませんが、開拓時代のたいへん厳しい生活の中、浄土真宗の教えが屯田兵の人々の心のよりどころとなっていたのではないかと思います。

 

 その後、児童数の増加により、校舎が狭くなった新琴似小学校が増築することになり、説教所を再度買収。

 その結果、説教所は現在の覚王寺所在地に移ることになったのではないかと思われます。(資料がほとんどなく、このへんの経緯はよくわからないのですが…)

 

 そして、明治38年12月に説教所を「覚王寺」と寺号公称が認可され、内平可敬が開基住職を拝命しました。

 

 開基住職については、前住職が生まれる前にご往生しており、残念ながらどのような人だったかはよくわからないとのこと。

 開基住職のことを知るご門徒さんも、今ではいません。

 しかし、庭にある石碑が確かにその歴史を刻んでいます。

コメント
コメントする








    

calendar

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< July 2020 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM